論説

ショックへの耐性: レジリエンスがあるサプライチェーンを構築する方法
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概要
  • コスト削減をサプライチェーンの上位3位の目標に挙げる経営者は36%にとどまり、3年前の63%から 大きく減少した。
  • 米国企業は年間6,800億ドルを中国、及び東アジアからの輸入に依存している。
  • サプライチェーンのレジリエンス(弾力性)を高めるために、45%の経営者が今後3年間で生産拠点を 自国市場に近づけることを計画している。

新型コロナウイルスの流行によって、多くの企業でグローバルサプライチェーンの脆弱さが露呈した。過去30年に渡って生産拠点の一極集中が進み、依存リスクが高まってきたが、今回のパンデミックによって、不測の事態がいかに大きな混乱と痛みをもたらすかが顕在化してしまった。

新型コロナウイルスによって引き起こされた混乱が強力な警鐘となり、経営者たちは新しい時代におけるサプライチェーンの不確実性を認識することとなった。現在、米国と中国の間では貿易摩擦が続いており、これが進行すれば、米中貿易のデカップリングというサプライチェーンの次のショックを招くかもしれない。直ちに全面的なデカップリングが進むことは避けられるかもしれないが、テクノロジー業界において、中国を中心とした貿易圏が独自のサプライチェーンを持ち、米国を中心とした貿易圏と分断が進んでいくというシナリオは十分に考えられる。

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こういった激動の時代に備え、グローバル企業はリスク低減のためにサプライチェーン戦略を見直し始めた。ベインとDigital Supply Chain Instituteが世界の製造業200社を対象に実施した最近の調査では、経営者は「柔軟性」と「レジリエンス(弾力性)」をサプライチェーンの最重要目標として挙げた。一方で、「コスト削減」を上位3位の目標に挙げた経営者は36%にとどまり、3年前の63%から大きく減少した(図表1参照)。

また、サプライチェーンのレジリエンスを高めるために、経営者の45%が今後3年間で生産拠点を自国市場に近づけていくことを計画している(図表2参照)。幸いなことに、自動化によって製造コストが下がり、海外の安価な労働力を求める潮流は以前より下火になってきている。例えば、人型ロボットの価格は現在、1万2,000ドルから2万5,000ドルで、2015年の50万ドルから約95%減少している。つまり、家電メーカーなど、製造工程が自動化可能な企業は、サプライチェーンを自国市場に近づけても、コストが大幅に上昇するということを避けられるようになったのだ。既に移転の第一波は始まっており、特に、自動車メーカー、航空機メーカー、あるいは3Dプリンターといった技術でバリューチェーンの急速なローカライゼーションに直面しているメーカーで、移転が先行している。

現在、米国企業は、中国、及び東アジアからの輸入に合計で年間6,800億ドルを依存している。ベインのマクロトレンドグループでは、米国と中国の貿易が断絶した場合、その同額が輸入できなくなると見ている。そのため、サプライヤー網の移転を計画している経営陣の多くが、顧客との距離を近づけようとしている。

 

先駆者の動き

国際情勢が急速に変化する中で、テクノロジー業界の企業が最も大きく、かつ最も差し迫った貿易リスクに直面している。米国と中国は既にそれぞれのエコシステムの間に障壁を作り始めている。例えば、米国政府はデータ制御やストレージといった自国にとってクリティカルな事業に対して、生産を米国国内に戻すように圧力をかけている。また、ヨーロッパと米国のテクノロジー企業は自社の供給リスクを下げるために、取引メーカーに対して自国のサプライヤーを活用するように要求し始めた。

さらに、中国のテクノロジー企業では、貿易摩擦などの要因によって生産の一部を中国国外へ移転することや、米国から輸入していた設備や原材料の代替サプライヤーを探すことが必要になっている。例えば、Apple向けのチップを設計、製造しているTaiwan Semiconductor Manufacturing Company(TSMC)は、最近、アリゾナ州の半導体工場に120億ドルを投資し、米国で最も先進的なチップ工場とする計画を発表した。

もちろん、テクノロジーを担うサプライヤー網を移転するよりは、完成品の組立工程を中国から移転する方が容易である。しかしながら、半導体、化学品、重機といった製品は大規模な固定費を必要とするため、生産拠点を移転することは容易ではない。さらに、中国に生産拠点を持つテクノロジー企業は、現地のサプライヤーの研究開発拠点に依存しているケースも多い。組立工程とサプライヤー網の両方を移転してしまうと、現地の研究開発機能へのアクセスを失い、研究開発拠点の新設が必要になることもある。場合によっては、生産拠点を移転することで中国市場へのアクセスを失うリスクもある。

 

レジリエンスがあるサプライチェーンを構築する

過去30年間、製造業界はバリューチェーンを様々なステップに分解し、それぞれのステップを限られた企業や地域に集中させて規模の経済性を高めることで、サプライチェーンのコストを削減してきた。それゆえ、多くの経営陣はサプライチェーンの地政学的リスク・地域固有のリスクを十分に可視化できていない。一方、成功している企業の経営陣は、新たなサプライチェーン戦略に基いて投資を実行していくことに先立ち、生産拠点の所在地とサプライヤーの本社所在地という2つの軸に基づいて、サプライヤーや製造委託先のリスクを評価している(図表3参照)。

自社のリスクの大きさを把握した後、2段階のプロセスでバリューチェーンのレジリエンスを高める。第一に、当面のリスクを抑えながら顧客の要求に答えるために、完成品やリスクが大きい部品の供給に可能な限り柔軟性を持たせる。第二に、バリューチェーンをEnd-to-Endで見直すという戦略的なアプローチをとる。この2段階のプロセスを踏むことで、外部環境と自社のケイパビリティに基づいて、変革のスピードを決め、定期的に意思決定の見直しを行う。以下では、こういったプロセスの詳細と、既にレジリエンスがあるサプライチェーンへの移行を進めている先行企業の例を紹介する。

 

柔軟性を高める

サプライチェーンにおいてショックへの耐性を高めるうえでは、完成品やリスクが大きい部品の柔軟性を高めることが最優先事項だ。需要がある地域に生産拠点を増やしていくことは、多くの企業にとって大きなメリットをもたらす。特に、メドテックや一部の消費財など、不況下でも需要が増加している業界ではなおさらである。例えば、ある大手消費財企業は、近年の需要の高まりを受けて北米での生産能力を増強している。

また、テクノロジー企業は政府の義務付けや奨励に対応し、中国から生産拠点を移転し始めている。ある大手グローバルテクノロジー企業は、2次、3次のサプライヤーを含め中国に生産拠点が集中しているが、今後2年間のうちに、主に米国へ販売されている主力製品の生産能力を中国から移転することを決定した。同社は、最終組立工程と一部の部品組立工程の拠点を移転させていくことに先立ち、メキシコや東南アジアでの部品生産を計画し、サプライチェーンに柔軟性を持たせようとしている。同社は、既に、昨年の関税上昇により大きな打撃を受けていたが、米中貿易のデカップリングが現実味を帯びてくることで、更に大きな地政学的リスクにさらされることになったのだ。

同社の経営陣は、新型コロナウイルスによって、部品供給のリスクを含めてサプライチェーン全体の可視化とトレーサビリティを向上する必要に迫られたが、一方で、サプライチェーンの柔軟性を高めることが容易ではないことも目の当たりにすることとなった。例えば、プリント基板の供給拠点を中国以外の国に設ける場合、自社のサプライヤーに数十億円規模の生産工場を建設してもらう必要があるのだ。しかし、部品供給を中国に依存すると、米国の輸入禁止措置の影響を受けやすくなってしまう。そこで、同社は、サプライヤーに中国以外の地域に投資することを促すために、サプライヤーと協力し、メキシコや東アジアの最終組立工場の周辺で人材育成を支援した。また、新設した拠点が黒字化を達成できるように支援することも約束した。 

どの企業にとっても、中国から大型の生産拠点を移すことは容易ではない。既存の製造委託先だけでなく、サプライヤー網の大部分に対して移転を説得しなければならない。そして、そういった企業の中には、生産拠点を海外に移すインセンティブがほとんどない企業もある。さらに、多くの国において、自国内だけですべての生産量を賄うキャパシティやインフラが十分でないため、近隣の複数の国にまたがってソリューションを組み合わせなければならない。

中国をはじめとするアジアのテクノロジー企業も同様の課題を抱えている。多くの企業は米国の輸出入が制限される可能性に備えて、中国以外の国への生産拠点の移転を始めている。例えば、AppleのiPhoneの主要サプライヤーであるFoxconnは、顧客の要請に応え、生産の一部を中国本土からインド、東南アジア、アメリカの新しい拠点に徐々に移転してきている。8月には中国以外の地域での生産能力が全体の30%を占め、前年の25%から増加したと発表した。

 

End-to-Endのネットワーク戦略を再考する

F経営陣は、バリューチェーンごとに、総費用を最小限に抑えながら、リスクとレジリエンスのバランスを適切にとっていく必要がある。バランスを取るというのは、一社購買であるべきかそうでないのか、それぞれの工程をどの国で生産すべきなのか、顧客の拠点とどの程度まで近くにあるべきなのかといった問いに答えていくことだ。また、国の優遇措置や製造コストの低下なども考慮して、内製か外注かといった決定も下す必要がある。成功している企業は、激動の時代だからこそ、バリューチェーンにおける選択肢を改めて見直しているのだ。 

例えば、欧米の政府機関を始めとした複数の業界にサービスを提供しているあるグローバルテクノロジー企業は、主要部品の多くを中国から調達していた。しかし、貿易摩擦や新型コロナウイルスの影響でサプライチェーンが混乱し、一部の顧客は今後すべての部品調達を中国以外とするように要求してきた。そこで、同社の経営陣は改めてリスク評価を行い、主に北米市場向けのプレミアム製品について、中国と香港のサプライヤーをすべてベトナム、もしくはマレーシアに移すことを決定した。また、データが埋め込まれた、リスクが高いカテゴリーの部品や設備は二社購買とすることを検討している。

この企業の経営陣の計画では、サプライチェーンにレジリエンスを持たせるまでに2年がかかると想定している。この計画の中において、クリティカルな部品の製造拠点を移転することは重要な第一歩だ。しかしながら、調達先が一つしかないという状況では自然災害、ストライキ、政情不安などの影響を受けやすい。そのため、レジリエンスを高めるために、同社は北米の生産拠点を拡大することを検討し、中国以外に2、3の工場を持つサプライヤーを探している。

中国の大手企業もまた、不確実性が増す時代にバリューチェーンの戦略を適応させていくために、迅速な行動をとっている。ある中国の大手医療機器メーカーは、これまでは部品、ソフトウェア、チップを欧米のサプライヤーに依存してきたが、この度、中国国外の生産拠点への投資を決定した。というのも、同社は全体の50%を海外で販売しており、海外への輸出の一部が禁止されるリスクにさらされているのだ。既に顧客は完成品の生産拠点を中国国外に移すよう求めてきている。さらに、同社はグローバル市場へのアクセスを確保するために、中国国外の研究開発センターにも投資する予定だ。

また、主に中国の顧客を対象に中国国内で生産を行う欧米企業も米中の攻防に巻き込まれるリスクがある。あるグローバルメーカーは、米国の顧客の要求に応じて、設備の部品の最終組立工程を中国国外へ移転した。また、製品は主に中国の顧客に販売しているにもかかわらず、数十億ドル規模の部品工場を中国に建設する計画を再考し始めている。なぜなら、生産拠点が中国であるがゆえに残りの25%を輸出できなければ、工場の経済性が成り立たなくなるからだ。その結果、同社の経営陣は、中国に労働力と人材の面で優れた製造工程のエコシステムがあるにもかかわらず、アジアでの代替拠点を検討せざるを得ない状況になっている。

 

コストとリスクを両立する

もちろん、レジリエンスがすべての検討事項に優先するわけではない。経営陣は、コストとのトレードオフに直面し、どこに柔軟性が必要なのかという問いへの答えを模索し始めている。過度に柔軟性へ投資してしまうと、企業の競争力が低下してしまう。将来に向けてサプライチェーンを再構築しようとするとき、成功している企業は、どの程度のレジリエンスが必要か、どこが最も重要か、そして、自社に何ができるかということに決断を下している(図表4参照)。 

レジリエンスと柔軟性があるサプライチェーンは、守備の面で強力なリスクヘッジの手段であると同時に、競争優位の源泉にもなる。リーダー企業は、キャパシティのバッファ、デジタル化されたインフラ基盤、機動的なチームを背景に多くの選択肢を検討できるため、同業他社よりも迅速かつ効率的に対応することができるのだ。

こういったケイパビリティを構築・維持するのに必要な投資規模は、対応力や効率性へのニーズ、競争環境の激しさによって異なる。そのため、レジリエンスがあるサプライチェーンを構築するロードマップは企業の長期的な事業戦略と結びついていなければならない。例えば、ハイエンドのスマートフォンのように、高成長、高い利益率、短い製品ライフサイクルのビジネスで、世界中の様々な地域から調達する部品に依存している場合と、衣料品や玩具のように、競争が激しく低利益のビジネスで、完成品を輸入しているだけの場合とでは、サプライチェーンに必要なレジリエンスの水準は全く異なったものになる。 

高い供給リスクにさらされている企業の経営陣が自社の改革のあるべきペースと緊急性を判断するためには次に挙げる問いが重要だ。「アクションが拙速であった場合のコストは何か、逆に、機を逸した場合のコストは何か」、「今、レジリエンスを高めるために投資した場合、先行者利益はあるのか」、「我々は、物流、港、人材、サプライヤーにアクセスできる良い場所を確保できるのか」などである。

地政学的な不確実性と市場の乱高下によって、今後10年間でサプライチェーンのマネジメントの在り方は大きな変革を迎える。サプライチェーンのレジリエンスの向上に投資する経営陣は、同時に新たな競争優位の源泉を生み出すことができるだろう。

監訳:ベイン東京オフィス パートナー 若林英紀

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