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日経産業新聞 ベイン寄稿記事 【連載】経営コンサルの現場から ~企業経営における戦略とは~ (全18回)

日経産業新聞 ベイン寄稿記事 【連載】経営コンサルの現場から ~企業経営における戦略とは~ (全18回)

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日経産業新聞 ベイン寄稿記事 【連載】経営コンサルの現場から ~企業経営における戦略とは~ (全18回)
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本書は、 2014 年 5 月 20 日から 6 月 13 日の日経産業新聞に掲載された寄稿記事の中身をまとめたものです。

(1)持続的成功への青写真 
(2)顧客に価値提供、具体的に 
(3)現場への伝達、徹底を 
(4)本社の役割明確に 
(5)顧客や競合の分析十分に 
(6)主導権獲得で高リターン 
(7)コア事業、正しく定義 
(8)周辺事業展開、成功のカギ 
(9)状況変化、コア事業再定義 
(10)戦うべき市場、見極め 
(11)目指す土俵、変化を考察 
(12)顧客細分化し資源集中 
(13)切り口は適切に 
(14)「絶対に勝つ」が差別化に 
(15)フルポテンシャルを追求 
(16)優先課題、競争上の地位で 
(17)優位性を十分生かす 
(18)正しい市場定義大前提


 

(1)持続的成功への青写真

5月も半ば、多くの日本企業は決算発表や株主総会の準備に忙しいことでしょう。決算発表では業績目標との乖離(かいり)が問われ、株主総会では計画の進捗説明を求められる場面も少なくありません。夏が過ぎると、来年度予算、中期計画策定へと企業の経営カレンダーはまわり続けます。その過程で、ほとんどの会社で作成され、ステークホルダーから説明を求められるのが経営戦略です。戦略コンサルタントはその名の通り経営戦略の立案・実行支援を業とするプロフェッショナルであり、経営戦略というものがあるからこそ、我々のようなアドバイザーが必要とされます。


一方、経営戦略そのものの必要性を否定する意見もあります。企業経営の巧拙についてのベインの事例研究でも、従来は将来予測とそれを踏まえた計画の妥当性が重要でしたが、近年は経営環境の不確実性から、実際に起きつつあることへの機敏かつ柔軟な対応が成否を分ける、という示唆が得られています。前回まで当コラムで紹介した「創業者目線」「現場主義」の立場からは、経営戦略は現場に出たことのないエリートのつくった絵空事で、そんな時間と労力があれば現場に出るべきだ、との指摘もあるかもしれません(実際には「創業者目線」も「現場主義」も優れた経営戦略の必要要素で、対立概念ではないのですが)。経営戦略とは何のために存在しなぜ必要なのでしょうか? 

我々は経営戦略とはステークホルダーへの説明のための必要悪ではなく、企業が持続的に結果を出し成功するために必要な青写真であると考えています。これから、実際に多くの企業の経営戦略を拝見し、戦略策定を支援してきた経験から「結果を出すための経営戦略」の要件、その策定における勘所をご紹介します。

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(2)顧客に価値提供、具体的に

なぜ経営戦略は必要なのでしょうか? この問いを考える前に、そもそも経営戦略とは何か、その定義を考えてみましょう。一般には、「組織などを運営していく上での将来を見通した方策」「長期目標を達成するための計画」、などととらえられています。 
しかし、経営戦略は単なる「方策」や「計画」ではありません。ベインでは、戦略とは(1)「顧客に対して、競合よりも優れた価値提供をするための、自社固有のアクションの集合体」であり、かつ(2)「希少な経営資源の配分についての意思決定の集合体」であると考えています。戦略とは元来軍事用語であり、敵に勝つという目的が大前提にありますが、これは経営戦略でも同じであり、勝つべき競合は誰か、その競合はどう出てくるとみられるか、それに自社はいかにして勝つか、というのは、経営戦略に必須の要素です。 

ただし、戦争における戦略と経営戦略の最大の違いは顧客という要素の有無です。競合を直接攻撃・妨害することはできません。あくまで顧客に対していかにより良い価値提供をするか、というのが経営における競争です。これを実現するために、具体的なアクションと必要な意思決定が盛り込まれていること、これが経営戦略の定義であり要件です。逆に言えば、単なるキーワードやコンセプトが並んでいるだけのもの、顧客や競合が登場せず自社のことしか語っていないもの、具体的なアクションや何らかの意思決定が盛り込まれていないものは、経営戦略とは呼べません。

こうして経営戦略とは何かを考えると、なぜ経営戦略が必要か、という問いにも、おのずと答えがみえてきます。すなわち、「誰が顧客か」「誰が競合か」「自社が顧客に対して競合よりも優れた価値をどう提供していくか」を考え、「明確な方法論、とるべきアクションを策定して現場を一つの方向に動かすため」「社内外のステークホルダーに一貫したコミュニケーションを行うため」「必要な人材や資金などの資源配分や注力分野・優先順位などの意思決定を明確にするため」に、経営戦略は必要なのです。

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(3)現場への伝達、徹底を

膨大な時間と労力を注いで経営戦略を策定しても、実行され結果が出なければ意味がありません。業績不振に悩む企業の策定した年度計画や中期計画をコンサルタントとして拝見する経験によれば、経営戦略が狙い通り実行されたにもかかわらず結果が出なかったという場合より、経営戦略が現場に浸透せず実行されていなかった、経営戦略が曖昧で実行されたかどうかがよくわからない、といった場合が多いようです。 

なぜ経営戦略は十分実行されず、「絵に描いた餅」に終わるのでしょうか。その理由には(1)コンテンツ(2)コミュニケーション(3)組織・人材との整合性、の3パターンがあります。コンテンツの問題とは、経営戦略に掲げられた施策の無理、曖昧さによるものです。コスト競争力がないのに価格リーダーシップをとろうとする、縮小する市場で成長加速を狙う、顧客ニーズや競合の動きをふまえずに新製品を企画するなど、やろうとすることは明確でも戦略そのものに無理がある、という場合は少なくありません。顧客主義の徹底、市場ニーズの先取り、といったキーワードばかりが並び、具体的なアクションが示されていない場合も、戦略の実行歩留まりは低くなります。

コミュニケーションの問題とは、策定された経営戦略が現場の具体的な行動にまで落としこまれ、現場まで伝達されるという過程での漏れです。立派な資料が作成され、経営陣が承認しても、個別部署や個人の行動に展開されなければ、何も起こりません。 

組織・人材との整合性とは、組織構造や評価制度、人材スペックなどの立てつけが、意図する経営戦略と一致しているかどうか、という問題です。組織横断的な協業が必要な施策が掲げられる一方で予算や評価は縦割りになっている、海外での成長を掲げながら社員は誰も海外に行きたくない、などはその典型例です。

経営戦略を結果につなげるためには、戦略そのものの中身に加えて、こうした組織内のコミュニケーションや組織・人材との整合性についても正しい事実認識をもち、対策を講じる必要があります。

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(4)本社の役割明確に

企業が複数の事業を展開している場合、企業戦略(Corporate Strategy)と事業戦略(Business Unit Strategy)という2つのレベルの経営戦略が必要です。

前回までに述べた戦略の定義や必要性は正確には事業戦略についてのものであり、複数事業を展開する企業には、企業全体についての別の戦略(企業戦略)が必要です。事業戦略とは個別事業の顧客に対して競合より優れた価値を提供するための自社固有のアクションと意思決定の集合体です。これに対し、企業戦略とは個別事業の単純合算よりも全体として企業価値を高めるための、自社固有のアクションと意思決定の集合体をさします。事業戦略が個別事業の生み出す価値を規定するのに対し、企業戦略は本社による付加価値を規定します。個別事業の付加価値と本社の付加価値の総和が企業価値であると考えると、それぞれの経営戦略が必要なのがわかります。

日本企業では事業戦略が狙い通り実行されないという問題もさることながら、企業戦略の不備も多くみられます。本社はいつの間にかエリートが事業を管理するための官僚機構と化し、自らが付加価値を出さなければならないことを忘れがちです。傘下の個別事業が創出する価値の総和に対し、本社が存在することでさらに企業全体としての価値を高めている、と胸を張って言える本社社員がどの程度いるでしょうか。 

もっともこうした問題の原因を本社スタッフにだけ求めるのも無理があります。具体的に企業戦略がカバーすべき論点は、企業全体としてのビジョン・価値観、事業ポートフォリオ戦略、財務・資本政策などですが、概して「極めて重要ではあるが緊急性は低い」ものが多いため、先送りになりがちです。本社が個別事業の運営にまで関与するのか、個別事業の戦略策定は行うが実行には関与しないのか、事業間の資源配分だけ行うのか、といった「本社の役割」が規定されていなければ、適切な企業戦略は策定・実行されません。事業戦略以上に経営トップのリーダーシップが必要とされるのが企業戦略、ともいえるでしょう。

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(5) 顧客や競合の分析十分に

前回までに経営戦略がなぜ必要か、その中で企業戦略と事業戦略はどう違うかについて議論してきました。ここからは事業戦略に絞って、結果を出すために必要な要素や視点をみていきましょう。 

優れた事業戦略が満たすべき要件は以下の5カ条に集約されます。(1)市場・顧客・競合といった外部の事実の分析に立脚している(2)事業がそのライフステージのどこにあるかをふまえてビジョンやゴールが設定されている(3)事業が主戦場とすべき市場が明確に定義されている(4)主戦場でトップシェアをとるための方策が明確である(5)目標とする売り上げや利益などの数字と個別の施策が合理的に結びついている、の5点です。 

(1)は自社の過去の実績や意志だけでなく、顧客や競合のファクトの分析から目標や施策の優先順位を決定すべきだとの考え方です。「顧客に対して競合よりも優れた価値提供をするための、自社固有のアクションの集合体」との経営戦略の定義からは当然ですが、実際はここが不十分な企業が非常に多いようです。(2)はコアとなる事業が何かを明確に定義した上で、その事業のライフステージ上、コアへの注力でさらなる成長を図る段階か、コア周辺の事業機会への拡大を図るべきなのか、既に拡大した周辺領域から次のコアを見つける段階にあるのか、を見定めるということです。 

(3)は絶対に勝たなければならない領域の設定です。展開する事業全体で世界トップになれれば最良ですが、そうでなかったとしても、一定の市場や顧客領域でトップになることを目指さなければなりません。それがどこなのかを明確に定めることは、事業戦略に欠かせません。(4)はトップになるために、何をもって自社が差別化し、競合より優れた価値を提供するのか、という基本的な思想が明確になっていることです。

最後の(5)は戦略が具体的な施策に落とし込まれ、かつ施策に必要な投資や財務的効果の積み上げが事業全体の目標と一致している、すなわち目標達成の設計図が明確にある、ということです。次回以降これら各要件について、詳しくみていくことにしましょう。

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(6)主導権獲得で高リターン

前回、優れた事業戦略が満たすべき要件の一つとして、「事業のコアが何で、そのコアがライフステージのどこにあるかを踏まえてビジョンやゴールが設定されていること」があると述べました。 
持続的な収益成長を遂げることは、どんな業界であれ極めて困難なことです。ベインの調査によると、10年間、売り上げ・利益ともに平均以上のペースで成長し、資本コストを上回るリターンをあげる企業は、いつの時代でも10社に1社程度です。この10社に1社の持続的収益成長企業を調べると、9割以上はコア事業で明確な市場リーダーシップを持ち、市場平均の2倍以上の顧客推奨度を獲得していました。 

なぜコア事業で明確なリーダーシップ(すなわち高い市場シェア)を獲得することが重要なのでしょう。それは高い市場シェアが競合を上回る累積経験量を自社にもたらし、それがコストや顧客基盤の優位性をもたらし、事業への投資可能なキャッシュを創出するとともに事業の投資リターン(ROI)を高めるので、他社が追随できない経済性を生み出すからです。ベインの調査では、業界2位企業の2.5倍以上のシェアを持つ圧倒的ナンバーワン企業は、業界平均資本コストの2倍のリターンを創出し、業界トップの半分以下のシェアしかない企業は資本コストを上回るリターンをあげるのが困難であることがわかっています。 

戦略的にも投資効率的にも、優先されるべきはコア事業への注力なのですが、産業にもライフステージがあり、コア事業の市場そのものが衰退することもあります。これに備えて、コア事業が成熟し、成長が見込めなくなってきた段階で、コア事業で獲得した顧客や技術・生産設備などの資産を活用して、コアの周辺に事業を拡大する必要があります。そしていよいよコア事業の市場の衰退やコモディティー化が進むと、拡大した周辺領域から次のコアを見つけ、コアとして再定義する戦略転換も必要になってきます。これらのステージの見極めや各ステージで求められる戦略のアプローチについて、次回以降順にみていきましょう。

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(7)コア事業、正しく定義

自社がコアとする事業の市場が成長しており、自社としてもリーダーシップを追求・強化する余地がある場合、事業戦略の基本はまずそこに集中することから始まります。特殊な参入障壁と一定の大きさ・成長余地のあるニッチ市場を見つけて注力するという戦略もありますが、一般的にはどの事業でも、競合を大きく上回るシェアを獲得・維持することが、戦略の目的であるべきです。 

コア事業への集中は、コア事業を正しく定義することから始まります。基本は同じ顧客を共有しているか、同じコストやケイパビリティーを共有しているか、そこで自社が固有の価値を顧客に提供できるか(差別化できるか)という点にあります。コンサルティングの仕事をしていると、クライアント企業の組織の中で説明を聞かないと名称からは中身のわからない「事業」に出あうことがあります。そうした場合は、会社独自の理屈や経緯から、本来複数の別事業であるものがまとめられているのがほとんどで、結果的に顧客や競合を誤認したり、投資が分散したりしがちです。 

逆にコア事業を狭く定義しすぎたり、顧客への価値ではなく技術だけで定義したりした結果、成長機会を逃すこともあります。あるいは、あまりに多くの事業を展開しており、コア事業が何かについて経営陣が議論し共通認識を構築したことのない企業も珍しくありません。これらの場合は、コア事業への資源投入が不十分になり、成長機会を逃しがちです。コア事業の業績が底堅いゆえに経営上の争点とならず、経営陣の時間・労力や資金・人材が不振事業の再建、新規事業発掘ばかりに投じられた結果、コア事業が本来実現すべき水準以下の結果しか出せていない、という場合も少なくありません。 

経営者を対象とするベインの調査でも、自社のコア事業のパフォーマンスを十分引き出せていない、という声が8割以上の企業から寄せられています。コア事業を正しく定義し、そこでの成長機会や市場シェアを最大限獲得することが戦略上の最優先課題なのです。

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(8)周辺事業展開、成功のカギ

事業戦略の最優先課題は、コア事業におけるリーダーシップの追求です。コア事業での競争上の地位が中途半端な状態で他事業に経営資源を回すことは、通常、得策ではありません。コア事業で安定的な地位を確立した後には、来るべき産業構造の変化やコア事業以外の領域での成長機会の取り込みを目指して、コア事業周辺に拡大していくことも検討すべきでしょう。とはいえ周辺事業への新規展開の成功確率は一般的に高くありません。ベインが過去に実施した調査でも、成功確率は平均10~30%程度とされています。確率を少しでも高めるにはどうすればよいのでしょうか。 

確率を左右する一つの要因は、コアから周辺への拡大の時期・動機付けです。最も確率が高いのは、コア事業でリーダーシップを獲得している企業が、コア事業をさらに強化するため、あるいは参入障壁を高めるために行う周辺への事業拡大です。一方、コア事業で十分に勝てていない企業が、市場リーダーからの圧力から逃れるため、あるいはリスク分散という名の下に周辺に機会を求める場合は、確率は低くなります。

もう一つの要因はコアからの距離です。コア事業を顧客、チャネル、技術、生産設備、仕入れ先、バリューチェーンなどで要素分解したとき、その中の何か一つだけを新たな領域に移す場合には、その新事業の成功確率は3~4割との調査結果が得られています。 

一方、新たな領域に移る要素が2つの場合、成功確率は1~2割に下がり、3つ以上となるとさらに15%未満にまで低下します。例えばジレットがコア事業である男性用カミソリから事業拡大していった経緯をたどると、コアに近い事業(女性用カミソリ、シェービングローションなど)は成功していますが、遠い事業(乾電池、筆記用具、時計など)は苦戦しています。特に新たな顧客層に軸足を移すのは容易ではありません。IBMのハードからサービスへの展開のように、コア事業で培った顧客基盤をいかして、そこに新たな商機を見いだすことが、コア事業から周辺への事業拡大における最優先指針です。

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(9)状況変化、コア事業再定義

コア事業でのリーダーシップを追求し、得られた顧客・事業基盤を生かして周辺の事業機会も取り込めば、ほとんどの企業は持続的な収益成長を実現できます。一方、どんな産業にもライフサイクルがあり、既存コア事業でのリーダーシップだけでは成長が困難になることもあります。こうしたコア事業の再定義を迫る事業構造の変化には、3つのパターンがあります。1つ目は事業収益の源泉のシフトです。通信における固定から無線へのシフト、音楽におけるレコードからCD、さらには楽曲ダウンロードへのシフトなどがその典型例です。2つ目は新たなビジネスモデルや技術の出現です。ネットとそれに伴う広告型無料コンテンツモデルの出現が新聞や雑誌などの既存有償メディアに与えた影響があげられるでしょう。3つ目は従来の差別化が機能せずコモディティー化が進む状況です。テレビやオーディオなど、デジタル化によって参入障壁が下がり、差別化が困難になったことがその例です。 

こうした事業構造の変化を前に、企業はいかにコア事業を再定義すべきでしょうか。いちかばちかの大勝負ではリスクが大きすぎますし、コアから離れた流行の市場に賭ける場合の成功確率も高くありません。 

最も確率が高いのは、既存の事業資産を活用したコア事業の再定義です。ベインの調査によると、成功したコア再定義の実に9割は、これまで必ずしも注目されてこなかった企業の「隠れた資産」を活用したものでした。「隠れた資産」は、ときには顧客資産であり、事業基盤やケイパビリティーの場合もあります。 

オーディオメーカーのハーマンが、自動車メーカーからの引き合いが増えていることに注目してカーオーディオに軸足を移したのは、顧客の中に次のコアを見つけた例です。技術力や医師とのパイプを生かして心臓・血管関係の治療機器にコアを移したテルモは、隠れた事業基盤に光をあてた例です。いずれも新しい視点で自社を見つめ直せるかが鍵であり、そのためには顧客・取引先や社外から招いた経営者など、外からの声に耳を傾けることが大きなヒントをもたらします。

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(10)戦うべき市場、見極め

優れた事業戦略が満たすべき5つの要件の3つ目は、「事業が主戦場とすべき市場が明確に定義されていること」です。そしてこの「どこで戦うか」、すなわち誰を顧客・競合として戦うかを考える上で極めて重要な概念が「プロフィットプール」です。 

プロフィットプールとは当該事業に参入する全てのプレーヤーの利益額の総和で、市場規模を売り上げではなく利益で表したものということもできます。戦いの土俵を選ぶ際は地域、バリューチェーン、価格帯などの観点からプロフィットプールが十分に大きく、近隣プロフィットプールから構造的に脅かされることなく持続的に成長していく場所を選ぶ必要があります。 

例えば液晶テレビのプロフィットプールをバリューチェーンでみてみましょう。川下にある販売や組み立ては市場規模は大きいものの、参入障壁や収益性が低いためプロフィットプールとしては大きくありません。一つ上流の液晶パネルもほとんどのプレーヤーが利益を出せず、ある程度持続的成長がみられるプロフィットプールは液晶パネルを構成する半導体やガラス基板、原材料にまでさかのぼらなければなりません。 

低価格品市場が急拡大するスマートフォン(スマホ)も、購入後のアプリ・ソフトダウンロードを含めたプロフィットプールを価格帯別にみてみると、まだまだ高価格セグメントが魅力的であると言えます。医薬品市場を地域別にみると、新興国が大きく伸び、先進国は伸び悩むとはいえ、構造的な単価や収益性の低さから新興国のプロフィットプールは10年経っても先進国と比肩する規模にはならないでしょう。 

このように戦うべき市場をプロフィットプールに基づいて俯瞰(ふかん)し、自らが参入している市場、狙おうとしている市場が、今後の市場全体における収益成長の核となる領域であるのか、そうでないとするとどこを追加でおさえなければならないのか――これらを考え決定することは、最も戦略的な経営判断の一つです。直接的な市場規模だけで論点をとらえると、認識や判断を誤ることもあり注意が必要です。

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(11)目指す土俵、変化を考察

「どこで戦うか」を決める際の鍵となるプロフィットプール(市場における利益の総和)ですが、現状分布や過去のトレンドだけでなく、将来的にどう変化するかを深く考察することが特に重要です。 

プロフィットプールは業界内外の構造的変化に伴って変わり続けます。例えば、ライフスタイルの変化により免許をとったり自家用車を買ったりする若者が減ることで、国内乗用車のプロフィットプールには人口の減少以上の向かい風が吹きます。カーナビなどでみられるように、多くのオフライン情報機器は、スマートフォンの普及と無線通信技術の進化によりビジネスモデルの変化を迫られています。インターネット上の比較サイトの進化・普及により、家電などの消費財では消費者の価格交渉力が飛躍的に高まり、店舗型小売りのプロフィットプールへの縮小圧力となります。 

さらにはこれらの変化が複合的に起き、プロフィットプールの構造が根本的に変わることもあります。典型的な例がカメラ・写真業界です。カメラ、フィルム、現像機などの製造、販売、サービスを含めた業界のプロフィットプールは、1995年に北米全体で240億ドルで、大部分はフィルムの製造と現像機の販売が占めていました。10年後の2005年、プロフィットプールは全体で370億ドルにまで成長しましたが、そのうちフィルムカメラ関係のプロフィットプールは1割以下に縮小し、代わってデジタルカメラとそのメモリーの製造が大部分を占めるようになりました。さらに10年近くがたった現在ではインターネットを介した写真の送信や共有に関するプロフィットプールが成長、一方でカメラレンズはこれら一連の変化を通じてプロフィットプールを比較的維持しています。 

このように自社が持続的に収益成長を目指す土俵を定めるうえでは、顧客の嗜好、業界内外でのイノベーション、顧客・サプライヤーの価格競争力、事業環境という4つの要因に沿って、狙うプロフィットプール(市場規模および利益率)にどのような順風や逆風が吹くかを考察することが極めて重要なのです。

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(12)顧客細分化し資源集中

「どこで戦うか」を決めるうえでプロフィットプールの考察と並んで重要なポイントが、顧客セグメンテーション(細分化)です。 

法人でも個人でも、すべての顧客はそのニーズ、動機付け、購買行動などにおいて異なります。顧客セグメンテーションは、共通の特徴をもつ顧客のグループを特定し、市場や売り上げを細分化するために用いられる手法であり、「どこで戦うか」をより具体的にするうえで不可欠な考察です。 

特定された複数の顧客セグメントの中から、セグメント自体の魅力度(大きさ、成長性、収益性)と、自社が差別化された方法で攻略できる可能性とを総合的に判断して、自社として注力すべきターゲットセグメントを特定します。それが定まったら、自社の位置付けと訴求価値(バリュープロポジション)を決定し、それに沿った資源配分と開発・営業などの活動を展開します。限られた経営資源を有効活用し高いリターンをあげるために、ターゲットとする市場や顧客の理解・開拓・維持に資源を集中させ、その他のセグメントは自然体で応じる、いわば「戦略的手抜き」をすることが、顧客セグメンテーションの目的です。 

営業やエンジニアの専属化、製品のカスタマイズ、リードタイムの短縮、保証の拡大など、すべての顧客の要求に応じていると、売り上げは拡大しても利益はいっこうにあがらない、ということになりかねません。実際、日本企業の多くが低収益性に苦しむ一つの大きな要因は、ターゲットとする顧客セグメントを明確にせず、特に国内のすべての顧客ニーズに対応しようとした結果、製品やサービスの数が膨大になって量産効果や累積経験学習効果が得られず、一方でグローバルに通用する基幹製品が育たなかった、という点にあります。「絶対に勝つ」領域を設定しないことで、顧客ニーズを掘り下げない、勝負をしない、といった「逃げ」にもつながりかねません。顧客セグメンテーションは経営資源配分の手法であるとともに、企業文化改革の契機にもなるのです。

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(13)切り口は適切に

「絶対に勝つ」市場を特定するための顧客セグメンテーションは、やり方を間違えると、セグメントを特定したものの具体的な戦術や資源配分につながらなかったり、判断を誤ったりしがちです。 

特に問題となるのが、セグメンテーションの「切り口」です。地理的変数や、個人であればデモグラフィックス変数(年齢、性別、所得、職業など)、法人であれば企業規模や業界などを切り口とすることは少なくありませんが、往々にして具体的行動や経済価値につながらず、不十分な結果に終わりがちです。また、極めて情緒的なコンセプト(保守的、革新的など)で顧客セグメンテーションをしても、継続的に計測することが不可能になり、これも行動につながりません。 

より優れた顧客セグメンテーションでは、顧客のニーズや行動変数、ライフスタイルなどに着目しつつ、計測可能な切り口で市場と顧客を分割します。 

例えばある大手ホテルチェーンでは利用頻度と1回あたり平均滞在期間から顧客を分けたところ、平均滞在期間は3~4日と中程度ながら、利用頻度が非常に高い顧客層が高収益顧客の大半を占めていることが分かりました。高収益顧客というと所得の多い顧客や単価の高い顧客を想起しがちですが、利用頻度が顧客収益性を左右することが顧客セグメンテーションで判明したのです。これにより同チェーンでは利用頻度の高い顧客に好みの部屋の優先手配、ドライクリーニングや子どもの無料宿泊などを提供、見事に顧客の定着と利用増加に成功しました。年齢や性別などの外形的な切り口ではなく、顧客の行動をベースにセグメンテーションをし、顧客が頭の中で自社を想起し差別化するためのポイントに投資することで、「絶対に勝つ」べき顧客層でのシェア向上に成功したのです。 

中長期的には市場環境や顧客ニーズも変化するため、適宜ターゲット市場を見直す努力も必要です。その前提のうえで、意味のある顧客セグメンテーションをし、注力すべき市場・顧客で徹底して勝つ手立てを講じることが、戦略を成功に結びつけるのです。

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(14)「絶対に勝つ」が差別化に

プロフィットプール分析と顧客セグメンテーション分析に基づき、自社が「絶対に勝つ」べき領域を具体的に定めることが、優れた経営戦略策定の必須要素であるということを述べてきました。一方で誰であろうと顧客は顧客なのだから、広くカバーしたほうが機会損失が少なく、顧客を取り逃がした時のダメージも小さいのではないか、との見方もあるでしょう。 

確かに、製品やサービスにまったく差別化余地のないコモディティー品の場合は、いかに幅広く顧客をカバーするかが勝負になるかもしれません。しかし、ほとんどの業界では製品仕様や技術・特許、導入支援、取引条件、オペレーション、アフターサービスなどで差別化の余地があり、求められる差別化の方向性は顧客のニーズや行動特性によって異なります。そのため、「絶対に勝つ」領域を戦略的に定めてそこにこだわることが、より顧客や市場の特性にあった形での差別化と他社に対する参入障壁の構築につながるのです。 

例えば建設業は大手、準大手、地方事業者といった階層を超えた競争が難しく、一方で同じ階層の企業同士では一見差別化が難しいとされてきました。そんな中で、大手でない企業が体力や累積経験量に勝る大手ゼネコンと戦って勝つためには、特定業界に集中することでそれに適した工法や用地開発、設計提案や営業提案の力をつけ、かつその分野では大手に負けない実績を持つことがひとつのアプローチです。 

逆に大手であっても、例えば家電業界のように、各製品分野で世界各地に薄く広く販路を広げていった日本勢は、いずれの地域・製品領域でも3~4番手にとどまってしまい、北米や東南アジア、インドなどに戦略的にフォーカスしてきたサムスンなどの後発プレーヤーに追い越されてしまいました。 

鍵となるプロフィットプール、鍵となる顧客セグメントでは、徹底的にリーダーシップを追求すること、そのために必要な自社のケイパビリティーを磨く(あるいは獲得する)こと。それが持続的な成長戦略を描くうえでの大きな前提となるのです。

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(15)フルポテンシャルを追求

自社が「絶対に勝つ」べき領域を決めたら、そこでの最大限の成長、すなわち「フルポテンシャル」を追求することを前提に、どこから手をつけて、いつまでにどうそこへ至るかを考えなければなりません。 

「フルポテンシャル」とは組織や人材、オペレーション、財務状況などの内的な制約条件を脇において、市場や競争環境などの外的条件を踏まえた上で、最大限到達可能な市場ポジション、その結果としてのエコノミクスや企業価値を意味します。持続的に差別化し勝つために戦う場所を戦略的に狭く深く定義するわけですから、決めた場所では必ず勝たなければ意味がありません。しかし現実にはそうなっていない経営戦略、すなわち戦う土俵を広くとらえ中位にあることをゴールとするものや、そもそも競争上の地位をゴールに設定しないものが少なくありません。 

フルポテンシャルを追求する上では戦略、オペレーション、組織、財務の各側面でいくつかの論点が存在します。(1)規模の拡大(2)人材の獲得・配置(3)売り上げの最大化(4)コスト競争力の最大化(5)業績把握指標の合理化(6)必要な能力や知見の獲得(7)意思決定力の向上(8)企業文化改革(9)株価対策(10)運転資本政策(11)資産・負債バランス最適化(12)設備投資の最適化、の12点です。これらのいずれをも所与とすることなく、注力する事業領域で圧倒的な地位を獲得するためになすべきことを検討するのが、フルポテンシャルの視点です。 

昨今の上場企業が経営計画の中で掲げる目標値を平均すると、市場平均の2倍の成長率、4倍の収益性の実現が、その目指す水準です。市場平均の水準にもよりますが、高い目標と言ってよいでしょう。一方、社長や役員の平均在任期間はかつての半分以下となり、株主の平均株式保有期間は20分の1以下になっています。それだけ短期間で結果を出すために、これらの戦略的論点のほとんどを所与として、過去の延長で打てる手を考えがちですが、それでは掲げた高い目標に到達できません。どこから手をつければよいか、次回以降で考えていきましょう。

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(16)優先課題、競争上の地位で

最大限到達可能な市場ポジションおよびその結果としてのエコノミクスや企業価値を意味する「フルポテンシャル」の実現に向けて、規模や売り上げの拡大を優先すべきか、コスト競争力や収益性強化を優先すべきか。これは競争上の地位(すなわち市場シェア)と他社との相対的な収益性の高低によって決まります。 

競合他社との相対的な累積経験量の差は自社にコストやノウハウ、顧客基盤の優位性をもたらし、事業への投資可能なキャッシュを創出するとともに事業の投資リターン(ROI)を高めるため、他社には追随できない経済性を生み出します。言い換えれば、事業を正しく定義した場合、その業界内における各社の収益性はその相対市場シェア(業界1位のプレーヤーはその売上高を2位プレーヤーの売上高で割った値、業界2位以下のプレーヤーはその売上高を1位プレーヤーの売上高で割った値)に比例するのです。 

これを前提とすると、この相関曲線との位置関係から企業の置かれたポジションは4つに整理されます。それは(1)業界首位であり、かつ相関曲線に比べて妥当ないしそれ以上の利益率を持つ(2)業界首位ではないが、相関曲線に比べて極端に高い収益性を持つ(3)相関曲線以下の収益性しかない(4)業界2位以下で、相関曲線に比べて妥当な収益性を得ている、です。 

それぞれについて、優先すべき戦い方は異なります。(1)は更なるシェア拡大や市場そのものの拡大(2)はそのプレミアムの源泉となる経営資源の維持強化、もしくはシェア獲得(3)はオペレーション改善や不採算事業の整理による収益性の改善(4)は更なるシェア獲得が、優先戦略課題となります。この原則から逸脱し、(3)のように市場シェアに見合った収益性を獲得できていない企業が、収益性改善よりも成長を優先した場合、その低収益性の背後にある課題がさらに深刻化し、持続的成長は困難になる可能性が高くなります。市場や競合の分析から、自社の相対市場シェアとそれが示唆する妥当な収益性、現状の収益性との関係を理解することが、自社の優先戦略課題特定の第一歩となります。

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(17)優位性を十分生かす

圧倒的な市場シェアは、圧倒的な投資効率や収益性の実現を可能にします。業界2位プレーヤーの2.5倍以上のシェアを持つ圧倒的ナンバーワンプレーヤーは業界の平均資本コストの2倍のリターンを創出し、逆にトップの半分以下のシェアしかない企業のリターンは資本コストの半分以下しかないという調査結果があるほどです。背景には圧倒的な累積経験量の違いによるコスト、ノウハウ、顧客基盤の差、圧倒的ナンバーワンだからこそ可能な市場への影響力も関係します。 

例えばオンライン旅行業で国内1位の楽天トラベルは圧倒的な顧客フィードバック情報をもとに宿泊施設にコンサルティングを行い、一方で宿泊施設に課す手数料を引き上げることで高い収益性を実現しています。スマートフォン(スマホ)用半導体チップで世界1位のシェアを持つクアルコムは自社チップの周辺で併用する電子部品サプライヤーの一部に「推奨メーカー」としての地位を与える一方、最新技術情報の共有などで協力を求め、自社の製品の開発に生かします。 

しかし、現実にはこの高い市場シェアのもつ優位性を十分に生かさず、収益実現機会を逃している企業をみることも少なくありません。その多くは自社の相対市場シェアが示唆する収益性ではなく、業界全体の単純平均収益性と自社の収益性を比較し、自社の収益性は十分な水準であると錯覚してしまうことや、より市場シェアや収益性の低い事業に経営上の焦点をあて、市場リーダーとして収益をあげている事業に十分な投資や改革が行われないことに原因があります。 

市場リーダーは単純な「業界平均」とは本来目指すべき収益性の水準が一段も二段も異なることを自覚すべきです。さらに、市場リーダーだからこそ取り得る戦略の自由度は非常に大きいこと、そして自社が複数の事業を持つ場合には、市場リーダーシップを持つ事業へのヒト・モノ・カネの投資優先度を下げることは企業全体の投資効率を低下させ、ひいてはその事業のリーダーシップを危機に陥れる可能性もあることを十分に理解する必要があるのです。

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(18)正しい市場定義大前提

数回にわたって相対市場シェアと収益性の比例関係、そこから導かれる優先戦略課題の原則と市場リーダーシップのもつ構造的な強みについて述べてきました。こうした議論はすべて、市場の定義、収益性を決定付ける相対市場シェアの定義が正しいことが大前提です。ところが実際はこの定義を誤ったが故に競合と大きな差がついた例、市場からの退場を迫られた例もあるほどで、この定義には注意が必要です。 

例えばインスタント写真で一世を風靡したポラロイドは、自社事業を広義の「画像キャプチャ」ではなく「化学反応と紙をベースにした画像処理技術」と定義したため、デジタル化の波に対応できず破綻しました。また小型船の船外機市場でかつて世界トップシェアを誇っていたOMCという会社は、フォロワーだったヤマハ発動機より収益性が下回っていました。ヤマハ発動機が技術や部品などで共通要素を持つバイクや芝刈り機の小型モーターも幅広く手がけ、「小型モーター」という市場でみるとリーディングポジションにいたのに対し、OMCが船外機にのみこだわっていたからで、OMCは市場からの退場を強いられました。 

逆に液晶テレビの業界では2007年ごろは大手5社が世界シェアでほぼ拮抗していましたが、世界全体ではなく地域ごとのシェアが収益性を決定することに注目して各主要市場でシェア1位を獲得したサムスンが、その後の同業界を制することになりました。 

すでに紹介した顧客セグメンテーションの議論とも関係しますが、市場を狭く定義しすぎたり、逆に広く定義しすぎたりして、自社の競争的地位を過大・過小評価すると、戦略判断を根本的に誤ることになりかねません。市場リーダーシップを持つ企業がその地位を脅かされるのも、直接の競合によるシェア侵食だけでなく、自社の定義する「市場」の外から境界を脅かされるという場合もありえます。市場リーダーは顧客とコストの視点から常に市場構造の変化を捉え、リーダーシップの維持・強化に努める必要もあるのです。

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