記事
本書は、 2014 年6 月16日から7 月 4 日の日経産業新聞に掲載された寄稿記事の中身をまとめたものです。
(1)「どこで」よりも「どう勝つか」
(2)差別化の源泉、15の類型
(3)組み合わせで優位性際立つ
(4)顧客ロイヤルティーを直視
(5)顧客をつかむ「真実の瞬間」
(6)持続可能なイノベーション
(7)コスト競争力、強化必須
(8)経営課題としてのコスト
(9)コスト競争力の源泉磨く
(10)コスト高の兆候、現場に
(11)製品の複雑性による弊害
(12)成長で組織が複雑化
(13)重要業績指標KPI
(14)予測力より対応力
(15)与件を排して変革を定義
前回までの連載で、経営戦略の意義、優れた戦略策定に求められる要素・視点・アプローチなどを紹介してきました。何を目指すか、どこで戦うか、どのような順序で駒を進めるか、といったことを中心に議論を展開してきましたが、プロフィットプール(市場全体の利益の総和)が変化し続けるように、こうした論点に対する解は時代や環境によって大きく変わります。
一方、顧客に対して競合より優れた価値提供を続け、持続的な収益成長を達成する、すなわち「勝ち続ける」経営を実現する上では、「どこで戦うか」よりも「どう勝つか」がより普遍的に重要な論点です。
教科書的にはまず「どこで戦うか」があり、その上で「どう勝つか」を考えるべきだと捉えがちですが、「どう勝つか」のベースとなる事業の資産やケイパビリティーは一朝一夕に構築できるものではなく、事業経験とともに積み重ねられていきます。これこそが事業の競争力となります。ベインの調査では、個別企業の業績の優劣のうち、属する業界の特性による影響は2割程度で、業界の中での競争力が業績の8割を決定付けていることがわかっています。この「どう勝つか」に焦点をあてて、考えるべき視点をご紹介します。
まず「どう勝つか」とは、競合に対してどう差別化するか、自社の差別化の源泉をどこに求めるか、という問いとほぼ同義です。ベインは過去のケーススタディーから作成した200社のデータベースを基に、企業の差別化の源泉を3つのカテゴリー、15の類型にまとめました。3つのカテゴリーとは(1)経営体制(本社の優れたケイパビリティーやノウハウ)(2)機能オペレーション(現場の優れたケイパビリティーやノウハウ)(3)独自の資産(他社に勝る有形無形の資産)です。それぞれ5つの差別化源泉の類型があり、全体として15の類型を構成しています。これらすべてについて優れた会社があるわけではなく、いわゆる「勝ち組」企業でも、15類型のうち4~5個に優れ、その組み合わせで企業や事業全体の差別化・競争力を支えています。次回以降、この15類型とその事例をみていきます。
企業の差別化源泉15類型について、順を追って紹介しましょう。まず経営体制における強みは、(1)資産運用・金融(2)M&A・合弁・提携(3)規制対応(4)戦略策定・優先事項判断(5)人事・組織・社風、という5つのパターンがあります。例えば、オマハの賢人ウォーレン・バフェットの率いる投資会社バークシャー・ハザウェイは(1)を唯一最大の強みとして成り立っている優れた企業の例でしょうし、製薬・金融・航空などの業界では(3)が重要な差別化要素となります。また優秀なIT(情報技術)人材が集まる社風を維持・進化させるグーグルは(5)を強みの一つとしている例でしょう。
オペレーションにおけるケイパビリティーやノウハウの強みは、(6)サプライチェーン・流通(7)生産(8)研究開発・技術革新(9)外部パートナーとの協業(10)営業・顧客対応、という5つの類型に分けられます。世界最大のビールメーカーとして知られるアンハイザー・ブッシュ・インベブは(2)のM&A能力に加え、ビール工場のコスト削減ツールを買収先企業の価値向上の大きな武器としている点で(7)の好例と言えます。また顧客ロイヤルティーを継続的に創出する仕組みを構築したエンタープライズは(10)を差別化源泉として米国最大のレンタカー会社になりました。
最後に他社にはない独自の資産の強みには、(11)インフラなどの有形資産(12)事業規模(13)技術・知財(14)ブランド(15)顧客基盤・ネットワーク、という5類型が存在します。例えば(12)についてはその圧倒的な事業規模ゆえに他社には模倣の極めて困難なビジネスモデルを構築しているオンライン書籍販売のアマゾンを想起するとわかりやすいでしょう。またアップルは(14)のブランドも優れていますが、囲い込んだ顧客基盤をiTunesやAppStoreで収益化するという点で(15)に優れた例ということもできます。15の差別化源泉類型の中で自社はこれまでどこで競争力を発揮してきたのか、また今後の自社の戦略遂行にあたって強化・獲得すべき強みはどこかを明示的にすることは、持続的に勝つ経営戦略構築に欠かせない一歩と言えるでしょう。
企業の差別化源泉の15類型を個別事例を交えながら紹介してきましたが、実際の企業競争力を構築するコア・ケイパビリティーは15の要素からの個別選択ではなく、そのうち4~5個の要素の組み合わせであることが多く、またそれら組み合わせた要素が相互に補完・強化関係にあることで優位性が際立っていきます。
例えば家具販売チェーンのイケアの競争力は、組み立て家具を中心とする顧客サービスを絞ったビジネスモデルと、販売価格から逆算し設計や素材を決める低コスト商品企画能力、世界中の優良サプライヤーのネットワーク、欠品率を5%以下に抑えるサプライチェーン管理能力、顧客の複数購買を誘発する世界共通の店舗レイアウトが組み合わさって成り立っています。
スターバックスの強みもそのブランドだけではありません。世界中の一等地ばかりで構成された巨大な店舗網、高品質なコーヒー豆の仕入れ能力とそれを均一かつ高い品質で提供する店舗オペレーション、自宅や職場に次ぐ「第3の場所」を提供する顧客対応能力があるからこそ、世界中のファンをひきつけるのです。
格安航空会社(LCC)も低価格と空港待機時間の短さによる航空機の高稼働だけでは競争力を持続させることは困難です。サウスウエスト航空はこれらに加え、多くの地方路線での他社を上回る運航本数や、従業員を大切にして責任感・一体感を醸成する独特の企業文化による低い離職率と優れた顧客サービスがあるからこそ、優れた業績を長年維持しているのです。
消費者向け事業だけではありません。建設用工具・材料のヒルティは、蓄積されたユーザーネットワークとそこからのフィードバックを収集する仕組み、それを支える直販営業網など、顧客ニーズの深い洞察に基づく優れた製品によって、競合を2割も上回る価格プレミアムと高いシェアを実現しています。
このように複数のコア・ケイパビリティーを有機的に組み合わせることで、分かっていても他社が模倣困難な、また継続的に磨き続けることが可能な勝ち続けるための企業競争力が形成されるのです。
企業の持続的成長にあたって、コア・ケイパビリティーの確立と並んで重要となるのが、顧客ロイヤルティーです。差別化源泉15類型の中で紹介した「顧客対応」にも関係しますが、ここでいう顧客ロイヤルティーとは、営業対応などによる単なる満足度の域を超えた、製品やサービスあるいは事業に対する包括的な顧客体験による顧客の推奨度を意味します。これがなぜ企業の持続的成長に重要かを考えてみましょう。
一般に多くの経営者は顧客ロイヤルティーの重要性を否定しません。むしろそれを重視していると考える経営者がほとんどです。一方、その企業の顧客に同社が顧客ロイヤルティーを重視しているかと尋ねると、ほとんどの場合、経営者の自己採点を大きく下回るスコアが得られます。逆に言えば、それだけ改善余地があるということです。実際に10年以上にわたり持続的成長を続ける企業は、そうでない一般的な競合に比べて2倍以上の顧客ロイヤルティーを獲得しています。
極端に需要過多な市場、コモディティー品など顧客ロイヤルティーがそもそも成立しない市場や、M&Aや大規模出店などの非連続な手法を除けば、顧客ロイヤルティーの向上は持続的な売り上げ成長の最重要ドライバーと言っても過言ではありません。顧客ロイヤルティーの高さは顧客維持の長さ、顧客あたり売り上げ、あるいは顧客内シェアの高さ、そして顧客からの推奨による新規顧客獲得の多さにつながるからです。逆にこれが改善されなければ、大規模な広告宣伝や価格攻勢などの短期的な施策を講じても、その効果は長続きしません。
しかし実際には、自社の製品やサービスに対する顧客ロイヤルティーの実態とその根本原因を理解して本質的な対策を講じることなく、「顧客重視」を掲げ続ける企業も少なくありません。またコア・ケイパビリティー同様、顧客ロイヤルティーもあくまで競合との相対値が重要であるということも忘れてはなりません。自社・他社の顧客ロイヤルティーの実態を直視することが、真の顧客重視への唯一の道なのです。
企業の持続的成長を決定づける顧客ロイヤルティーの重要性を述べてきましたが、これを高めるためにすべての顧客に対して総花的な顧客満足度向上活動を行うことは、コスト増につながるだけで、高い経済的リターンをもたらさないことがほとんどです。重要なのは優れた顧客セグメンテーションによって自社のターゲット顧客層を特定し、その顧客層と自社あるいは自社パートナーとの接点の中で顧客ロイヤルティーを最も左右する瞬間(これを「真実の瞬間」と呼びます)を理解し、経営資源を集中投入することです。
例えば電化製品における顧客とメーカーの接点は、広告、購入検討段階での店頭での試用やオンライン検索、購入後の使い方の説明、故障・破損時のサポート、次世代製品発売時の案内など、様々です。この中で最も顧客ロイヤルティーを左右する接点の一つが故障時の対応です。アップルはここに「ジーニアス」と呼ばれる人材を配置しています。故障した製品を持ち込んだユーザーに対して可能な限りワンストップで迅速な修理を提供するだけでなく、さらに優れた使い方などを分かりやすく説明して、訪れたユーザーをますますアップルファンにする取り組みを行っています。
商用車や工作機械など、故障やトラブルが事業継続可否に直結するようなものでは、こうした対応はより重要です。例えば24時間以内に解決することを保証し、実際にそれを提供できれば、それは大きな顧客ロイヤルティーとなります。保険などの万一に備える商品では、その万一の事態が訪れた際にきちんと保険金が支払われるかどうかで、顧客ロイヤルティーが決定的に左右されます。旅行やホテルなどでは悪天候などの際にいかに利用客を楽しませられるかが、顧客ロイヤルティーを左右する一つのポイントです。
こうした「真実の瞬間」を組織全体として共有し、そこには一切の妥協無くヒト・モノ・カネを投じ、それ以外の一般的な顧客対応とメリハリをつけることで、企業としても持続可能なかたちで顧客ロイヤルティー向上に向き合うことができるのです。
差別化につながるコア・ケイパビリティーの構築、顧客ロイヤルティーの獲得と並んで、勝ち続けるための重要な要素がイノベーションです。顧客ロイヤルティーでの企業と顧客の認識ギャップと同様に、8割の経営者が長期的成功にはコスト削減よりもイノベーションが重要であると指摘する一方、会社が実際にそうした考え方で経営されていると支持する従業員は少数派である場合がほとんどです。日本企業の場合は「先々何か大化けするかもしれない」と技術を抱え込む傾向が強く、イノベーションの効率が個別企業でみても社会全体でみても高くない、という点も課題です。
経営戦略においてコアや「どこで戦うか」の明確化が重要であるのと同じように、イノベーションでも明確なゴールと、指標設定が不可欠です。経営戦略との違いは、イノベーションの目標が左脳(合理性、連続性、具体性)だけでなく右脳(感性、非連続性、主観性)にも訴えるものでなければならないという点です。ゼネラル・エレクトリック(GE)はイノベーションのゴールを企業成長から設定するとともに、世界のエネルギー問題解決、人類の長く生産的で充実した生活といったかたちでも設定しています。両脳の側面からの人材育成・運用や外部知見活用などのインフラ整備も必要です。特に人事や組織の運用はイノベーションに対する経営メッセージを従業員に雄弁に伝えます。
全社を挙げたイノベーションへの貢献も重要な要素です。特に顧客の声や利用実態からの示唆をいかにイノベーションにつなげるか、そのための仕組みの整備と投資は欠かせません。そして、イノベーションには事業と同様にポートフォリオ管理が必要です。これまで誰も見たことのないようなもの、従来の製品のポジション変更や改善、すぐできるものと10年かかるものなど、バランスを保つことが持続性をもたらします。
左右の脳に訴える明確なゴールの設定、社内外のインフラの整備、技術に頼り過ぎない顧客視点の発想、そしてポートフォリオ管理が、イノベーションを持続させる経営の鍵となるのです。
差別化につながるコア・ケイパビリティーの確立、顧客ロイヤルティーの強化、イノベーションの加速――。持続的に勝ち続けるために必要な打ち手はいずれも何らかの投資を必要とします。この成長原資を獲得し、投資後の回収を加速するために、収益性の最大化、とりわけコスト競争力の強化は、経営において必須の課題であるといえます。ベインが数千の事例研究と200社以上のインタビューからまとめた、成功を収めている経営陣の成功法則によると、「コストと価格は常に下がり続ける」という前提が経営には必要とされます。同じ製品やサービス、同じ付加価値や問題解決に対するコストは、それが市場に投入されてからの累積経験量に伴って徐々に低下し、こうしたコストの低下や競争の激化に伴って価格も下がり続けます。
もっとも、最近はコンサルティングの仕事の中で、この前提への疑問の声も聞かれます。過当競争によって価格が下がり続けているだけで、各社が合理的になれば上げられるという競争回避論、縮小していく市場の中で各社生き残りのために価格を下げているが、体力的に持たなくなった会社が撤退すれば残った会社で上げられるという残存者利益の論理が代表例です。
しかし、一時的にそうした値上げや価格維持が成立したとしても、その価格を妥当でないと判断すれば、顧客は代替製品を模索したり、購買行動を変えたりします。顧客を振り返らせるには、やはり価格を下げるか、価格を維持して品質や機能を向上させる(実質的な値下げ)ことが必要となり、これを持続的に実現するにはコスト競争力が必要となるのです。
コスト削減とコスト競争力強化の違いにも留意する必要があります。前者は自社の過去との比較であるのに対し、後者はあくまでも競合との比較に基づく概念です。勝ち続けるために本当に必要なのは、競合と比較して最も低いコスト水準であること、コストが競合と同等以上の速さで下がっていることであって、自社の過去と比較した改善は必要条件でしかありません。常に外に目を向けた改善が求められるのです。
持続的に勝つためにコスト競争力の強化が重要という指摘に対しては、否定する経営者は少ない一方、それはすでにやっている、これ以上無理だという声を聞くことも少なくありません。経営者や本社スタッフが生産や技術の出身でない場合は、特に現場のそうした声に押されがちです。自社のコスト競争力を考える上で経営者はどういった視点をもつべきでしょうか。
まず、コスト競争力の強化を過去の延長線上の努力と捉えず、グローバルに「ベスト・イン・クラス」かどうかという視点で考えることが重要です。コスト競争力はあくまで競合との比較の概念で、競合はほとんどの産業でグローバルなプレーヤーを想定せざるを得なくなっています。全く異なるコスト構造をもつ相手が出てくる可能性もあります。「どこまで下げられるか」だけではなく「どこまで下げないとゲームに参加できないか」との視点で目標設定し、実現に向けた障害を取り除く努力をしなければ、努力はしていても徐々に競争力を失う、という結果になりかねません。
コスト削減が一過性のイベントにならないようにすることも、注意が必要です。一念発起して大々的な競合ベンチマークや社内プロジェクトを立ち上げ、大幅なコスト削減を達成したとしても、競合はそれを分析し、また追いついてきます。コスト競争力は競合と比較したコスト水準の低さであると同時に、コスト低減を継続的に実現する企業としてのケイパビリティーの強さであるという認識が必要でしょう。
最後にコスト把握のメッシュの粗さは利益が漏れる最大の要因です。製品別・顧客別にどこにどれだけコストがかかっているのか、それはなぜか、本社や間接部門のコストはどこがどのように変化しているのかについて、自社だけでなく海外拠点や外注先についても透明度高く理解できていれば、コスト競争力は現場や担当部門だけの課題ではなく、経営上の論点として捉えることが可能になります。事実を捉える合理的な情報に基づき、持続的にグローバルベストなコスト競争力を目指す視点が経営には求められているのです。
コスト競争力を現場努力に委ねるのではなく全社的経営課題として捉え、持続的にグローバルベストなコスト競争力を目指す――。このためには、正しい目標設定と動機づけで現場を鼓舞するとともに、コア・ケイパビリティーの見極めと同様に経営の視点で自社のコスト競争力の源泉を見つめなおし、それの加速、あるいは阻害要因を取り除く経営努力が必要です。
コスト競争力の源泉として最も代表的なものは累積経験量です。同じものを累積で多く作ったプレーヤーは、歩留まり、ロス、熟練、品質安定など様々な点で他社に対して優位に立ちます。これが相対市場シェアの高いプレーヤーの経済優位性の源泉にもなっています。しかし、新製品やサービスを次々に投入しても、それらの売り上げが小さく、またその共通性も乏しい場合には、いくら全体の生産量や売り上げが大きくてもコスト競争力にはつながりません。コア事業に集中する、その中でも基幹となる製品やサービスを確立する、多品種の場合も製品設計や工程の基盤を共通化する、などの戦略と経営努力が不可欠です。
累積だけではなく、ある時点での規模や寡占度もコスト競争力の源泉となります。特にバリューチェーンの上流や下流に対する相対的な寡占度の高さは、価格交渉や、デリバリーなどの非価格交渉の力の源となります。これを実現するためには仕入れ先の集中や販売先での自社シェア拡大などが鍵となります。技術やビジネスモデルの革新も大きな源泉です。モジュール化などのかたちで規模の強みを実現する手段にもなりますが、そもそも必要とされた部品や工程をなくしたり、製品からサービスへと価値をシフトさせたり、バリューチェーンの中での役割を変えたりすることで、コスト競争の土俵を変えることが可能となります。
このように、コスト競争力のフルポテンシャルを実現する鍵はいずれも、営業、設計、生産などの組織の壁を越えた全社経営課題としての取り組みと、一過性ではない改善にあります。コストを戦略課題として捉える意義もまた、そこにあるのです。
我々経営コンサルタントは、限られた時間の中でクライアントの経営課題に対して最も価値ある提言をすることが求められています。従ってどんなプロジェクトでもゼロから積み上げるのではなく、最初に仮説を立てて検証しますが、これはコスト競争力の向上でも同様です。今回は我々がクライアントのコスト競争力向上余地の仮説を立てるうえで最初にみるポイントを、メーカーの原価を例にいくつか紹介しましょう。
まず設計面では「明確な顧客ニーズに基づかない仕様」「顧客や営業からの要求・クレームをサービスなどのソフト面の改善ではなく全て機能や仕様の追加でハード的に解決する姿勢」「デジタルシミュレーションの活用不足」などが代表的なコスト高の兆候です。仕入れ面では「サプライヤーの入れ替え不足」や「中間商流業者の存在」はまず要注意です。「調達・購買の不分離によって、担当者全員が日々の購買業務に忙殺される」「明細のない・標準化されていない見積もり」「契約付帯条件(リードタイム、在庫責任、物流条件など)の曖昧な設定」「サプライヤーに対する現場・現物での定期的なチェックと指導の不足」なども、コスト高を示唆しています。信じられないような話ですが、クライアントのサプライヤーを突然訪問してみると、彼らが管理しているはずの金型がなかったり、あるはずのない在庫が積みあがっていたりしたこともあります。
在庫管理や生産工程管理などにおいても、注意すべき兆候があります。計画と実際生産量の大幅なズレ、中間在庫や流通在庫も含めたバリューチェーン全体での在庫量把握の弱さ、在庫負担と生産平準化のトレードオフに対する判断の不在などです。特に在庫については工場の中から減らすことが目的になってしまい、経済的効果につながっていないケースもしばしばみられます。各機能部門のリポートや数字だけでなく、このような視点で改めてオペレーションを見渡してみると、意外なところに競争力の阻害要因がみつかり、経営戦略に重要な気づきを与えてくれるものです。
持続的収益成長のためにどこで戦うか、どう勝つか、それらを経営戦略の中でどう考えていくか、様々な角度から議論してきました。絶対に勝つべきコア領域を定め、そこで差別化するためのコア・ケイパビリティーを磨き、顧客ロイヤルティーとコスト競争力を高め、イノベーションを喚起する――。いずれも極めて重要な命題です。しかし、課題を解決するために打つ手は、往々にして新製品投入、新規技術への投資、新市場への進出、新組織立ち上げ、新たな指標やプロセスの設定など、いずれも「何かを足す」行為となりがちで、結果として会社や事業はより複雑になります。
この「複雑性」は企業の持続的成長を阻害する最大の要因でもあります。複雑になることで営業活動が分散し、規模の経済が働きにくくなり、新たな起案が減り、意思決定が遅くなります。持続的成長のための打ち手が成長を阻害する、という矛盾に陥るのです。
例えば製品の複雑性の増加は、組織の各所で見えないコスト増、資産効率や営業効率の低下をもたらします。購買プロセスの複雑化による間接費増、ラインの切り替え増加による生産効率低下、受発注や需要予測、物流の複雑化による管理工数と在庫リスクの増加、取扱品目の増加による営業効率低下など、枚挙にいとまがありません。最大の問題は多くの場合、個別に見て「正しい」経営上の対応の結果、複雑性が知らず知らずのうちに音もなく積み上がり、そのインパクトが見えにくい、ということにあります。特に製品や組織の複雑性についてはなかなか手がつきにくいようです。
例えば私が実際に支援したあるメーカーは約6000の製品品番を持ち、1割にも満たない約400製品で売り上げの8割を獲得する一方、残りの5600製品も限界利益を確保しているので維持していました。ところが多数の製品を作り続けることによる管理事務工数や金型調整時間、材料の分散による割高分などを加味して「本当の」限界利益を計算すると、5000製品は削減したほうが増益になることがわかりました。複雑性による機会損失の可視化が対処の第一歩となるのです。
製品の複雑性と並んで企業の中で着実に増大し、成長への活力を奪うのが、組織の複雑性です。どんな会社も創業の頃は社長と数人の社員しかおらず、皆が志を共有し、意思決定やその実行も迅速です。成長し社員が増えると、機能別に部門ができます。さらに成長し事業領域が広がると事業部ができ、事業部横断の連携が課題になり始めると事業と機能のマトリクス組織になります。さらにグローバル化し、地域の軸が加わると、事業・機能とあわせて三軸で管理するキュービック組織になります。
多面的な管理や評価、調整のためには恐らく必要な対応なのですが、結果として会議は増え、意思決定のプロセスは複雑になり、社員は経営者の意思が、経営者は現場や顧客の顔が見えにくくなります。組織としての活力や創業の精神、意思決定の効率や歩留まりはほぼ確実に衰えます。いわゆる組織の官僚化です。
しかし、グローバル化が進展する現在、組織構造の複雑化そのものを避けることは困難です。従って経営戦略上の対処が求められるのは、そうした複雑性を所与として、競合に比べた意思決定の競争力をいかに維持・強化するか、という点にあります。
ベインでは意思決定にかかわる役割は起案、情報提供、(規制や法律などの観点からの)承認、決定、実行の5つであると定義し、起案と決定がそれぞれ一か所に集約され、承認箇所ができるだけ少ない意思決定プロセスが競争力を持つと考えています。意思決定における各ステークホルダーの役割をシンプルかつ明確に定義できれば、関係者がキュービック組織に散在していたとしても、効果的・効率的に意思決定し、実行に落とし込むことが可能となります。しかし、実際には多くの企業で意思決定における役割は明確化されておらず、関係者も多く複雑です。
製品の複雑性と同様、組織の複雑性もまずその実態を可視化し、その簡素化・合理化に向けた施策を定めることが、持続的に結果につながる経営戦略に重要な潤滑油をもたらしてくれるのです。
持続的に勝ち続けるために必要な強化のポイントや打ち手について考えてきましたが、それらと合わせて重要なのが実行への落とし込みとその的確な状況把握、軌道修正です。鍵は施策の具体的な実行計画(担当者、期限、時間軸に沿った期待効果など)への落とし込みと、KPI(Key Performance Indicator = 重要業績指標)の設定です。
最近はクライアントのなかで既にKPIを導入している企業もありますが、注意すべき共通論点の一つはKPIと経営戦略上の具体施策との関連です。会社や事業全体の結果としての業績をみるだけなら財務諸表で十分です。KPIはボトルネックや好業績要因を特定し、テコ入れや加速につなげるためのものです。具体的な施策やアクションにひもづいて指標が設定されて初めて、施策やアクションのレベルでの改善策が議論可能になります。
もう一つはKPIが財務的成果の先行指標になっているかどうかという点です。事業活動では何らかの打ち手を講じても、その効果が財務的成果として表れるには一定の期間がかかります。長い開発期間や設備投資が必要な業態、部品メーカーなどでは、その期間は数カ月、あるいは1年を超えます。フタをあけてみたらダメだった、という状態を避けるには、KPIを階層にわけて先行指標を設けることが重要です。
財務的成果を表すKFI(Key Financial Indicator)と施策の直接的結果を表すKRI(Key Results Indicator)、現場の活動量を表すKAI(Key Action Indicator)に分け、KRIやKAIのレベルでやるべきことが予定通りのスピードと規模感で行われているか、顧客での採用、工程の改善、狙った開発パイプラインの増加につながっているかなどを注視することが重要です。先行指標がよくなければ、手を打たない限り後で代償を払うことになります。足元の業績に一喜一憂せず、先を見越して具体的な打ち手で現場と対話する経営が求められるのです。
どんな経営戦略も完璧ではなく、競合や顧客の反応、実行の歩留まり、為替や規制などの変化にあわせて軌道修正が求められます。建設的な試行錯誤を繰り返すことで本当に価値のある製品やサービスを提供できるようになることも少なくありません。勝ち続ける経営には軌道修正や試行錯誤を更なる競争力強化につなげる健全なフィードバックループが欠かせません。
社内のフィードバックループにおいては、KPI(重要業績指標)が重要なインフラとなります。KPIの目標と実績のかい離を定期的に確認し、その原因の客観的分析・考察とともに情報を組織内で共有して、現場と経営陣が共に当事者意識をもって改善にあたることで、経営戦略のいわゆるPDCAサイクルが成立します。特に具体的な施策やアクションにひもづいたKPIが設定されていれば、C(Check)からA(Action)への移行も比較的スムーズです。KPIがなく、結果にすぎない月次の売り上げや利益だけで現場と経営陣がPDCAサイクルを回そうとしても、健全な議論にはなりません。また、経営陣をフィードバックループから外して本社スタッフが情報を遮断することも、決して良い結果にはつながりません。
社外とのフィードバックループを確立することも大切です。ここで重要なのが相対市場シェアと顧客ロイヤルティーのモニタリングです。顧客ロイヤルティーについては競合との相対値を定期的に外部調査などで測るとともに、顧客が自社の製品やサービスをどの程度推奨するか、推奨するならそれはなぜか、推奨しないならどうすれば推奨してくれるか、その声が届くことで現場はオペレーションの自律的な改善が、経営陣は顧客を意識した戦略構築・修正が可能となります。
さまざまな不確実性が高まる現在においては、将来を正確に予測する能力よりも、変化に対して機敏かつ柔軟に対応できる能力が、経営判断の確からしさを高める鍵になります。そして社内外とのフィードバックループが確立していてこそ、的確かつ継続的な変化への対応が可能になるのです。
勝ち続けるための経営戦略のポイントについて考えてきましたが、本当に最大限到達可能な高い目標(フルポテンシャル)を実現するためには、戦略だけでなくオペレーション、組織、財務の各側面で与件を排して最適化を図らなければなりません。コンサルティングの現場では、これらがばらばらに検討されていたり、財務や組織が与件となり戦略やオペレーションでだけ改善が図られていたりする例をみかけます。
経営戦略は経営企画部、財務戦略は財務部、組織は人事部というように多くの企業で本社起案部門が分断されていることも大きな一因であるようです。こうなると経営戦略の検討では今の組織や財務体質でできることだけを考えるようになり、戦略上のオプションの幅が狭まります。競合や顧客など外部の視点ではなく、社内調整の視点が経営戦略検討の多くを占めるようになると、目線が下がるだけでなく、間違った内容にもなりがちです。あくまでも目線を外に向け、経営トップの強いリーダーシップのもと、機能横断でフルポテンシャルを追求することが重要です。
組織や人材の改革は多くの場合、経営戦略の実現の行方を握ります。すぐに組織の構造を変えようとする議論も多くみかけますが、必ずしもハコのかたちを変えることが正解とは限りません。戦略の実現に必要な変革のポイントを的確に把握して、組織の構造だけでなく、プロセス、人材配置、企業文化風土など多面的な角度で変革を定義することが重要です。
「毎年作っているから」という程度の理由で経営戦略策定に多大な労力を費やすことは、確かに無駄かもしれません。ただし本当に持続的収益成長を目指し、適切な視点で検討するならば、単純右肩上がりではない今日の複雑な環境下においてこそ、経営の指針として経営戦略はこれまで以上に重要です。
これまでご紹介してきた様々な視点が、皆様の経営戦略の価値向上にとって少しでもお役にたてば、望外の喜びです。