論説

創業メンタリティをいかに復活させ、官僚的になった組織を打破するか
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本レポートは、ベイングローバルで発行されたKilling Complexity Before Complexity Kills Growthを和訳し、日本企業への示唆を加えたものになります。

Founder's Mentalityはベイン・アンド・カンパニー・インコーポレイテッドの登録商標です。

なぜこれほどまでに多くの企業が進むべき道を見失ってしまうのだろうか。創業して間もないときには、進むべき道はぶれないものだ。創業者は誰をお客様とし、何を目指し、どのように成功したいのかを定めている。創業者は自らを異端児と認め、見過ごされたり、ないがしろにされたりする顧客ニーズを満たそうという使命感を抱き、細部に至るまで強いこだわりを持っている。官僚主義的な組織を嫌い、自ら率先して現場で起きていることを掌握し、その市場のトップの座に君臨できているかどうかを自分の目で確かめようとする。従業員はその姿勢を見倣い、顧客をより満足させる新たな方法を考え続け、売上を伸ばそうとする。

問題は、多くの企業がこのFounder's Mentality©(創業メンタリティ)を規模の拡大と共に失ってしまうことだ。だが、規模拡大そのものが問題なのではない。実際に、ごく少数ではあるが、大規模な多国籍企業へ成長しても創業メンタリティを維持している幸運な企業も存在する。大企業にとって創業メンタリティを損ない、大組織を無力化する原因は"複雑性"だ。"複雑性"は成長の「サイレントキラー」であり、新たな地域へ進出する時や、新たな事業を立ち上げるときなどに、組織にはびこり始める。
組織階層、職務階級、肩書などが増大するにつれて、現場とのつながりが断ち切られていく。経営陣は顧客と向き合う代わりに、社内のプロセスに膨大な時間を割くようになる。

多くの場合、次に来るのは失速だ。回復できないほどの急激な売上減少に直面したりする。創業メンタリティを失った企業は反応が鈍い旧態依然としたものに成り果て、新興企業に打ち負かされる。事実、大企業(売上高5億ドル超の株式公開企業)のうち、持続的に価値を生み出している企業はわずか11%に過ぎない。3分の2の大企業が行き詰まるか、失策を打つか、買収されている。ベイン・アンド・カンパニーの調査によると、価値を生み出さなくなった企業のCEOの85%は、"原因は社外ではなく、複雑性などの社内要因である"と述べている(図1参照)。複雑性は致死要因となりえるが、企業は必ずしも、これに屈することはない。"複雑性"を脅威として認識している経営者であれば、手遅れになる前に打ち手を講じ、組織を簡素化することができるからだ。

組織の簡素化が適切に出来れば、創業メンタリティに宿るスピード感やフォーカスが蘇り、従業員のやる気を引き出す新たなオペレーティングモデルを構築することができる。ちなみに、コスト削減を主目的とした課題解決型の組織改革では、新たなオペレーティングモデルが定着することは殆どない。一方、組織の簡素化は、コスト増や対応スピード低下を引き起こしている不要な"複雑性"だけに着目するため、持続的なパフォーマンスの改善に繋げられる。

組織の簡素化とは、単に組織図を描きかえることではない。責任の所在を明らかにし、ガバナンスルールを定め、仕事の進め方の再定義を通じて、社内のプロセスそのものを簡素化することが求められる。そうしないと組織の簡素化は持続的な結果をもたらさず、やがて複雑性が舞い戻ってしまう(図2参照)。現実的には、事業そのものの簡素化と並行して実施されることが多い。生産性の低い地域を閉じたり、収益性の低い事業から撤退したりして、戦略的な「選択と集中」を具現化する場合などがあてはまる。

組織の簡素化に向けた組織改革は劇的に組織の階層を減らし、不要なノード(組織間の意思決定が跨る結節点)を削減する。ノードにはマトリクス組織の役員やマネージャーがおり、意思決定や予算実績関連の報告が行われる。ノードでは企業が存続するために重要なやりとりが行われるが、往々にして不要なノードを設けがちだ。このようなノードは意思決定スピードや対応力を鈍らせるだけでなく、変化や改革を阻害する複雑性の代表格であり、多すぎるのは危険信号である。

効果のあった組織の簡素化の実例として、大手保険会社のケースを取り上げよう。この保険会社は世界的な金融危機の後に大規模な組織改革を行ったが、7年が経過しても依然として組織の"複雑性"に悩まされていた。例えば、コアである保険事業では広範の拠点・地域、多岐にわたる商品別組織、加えて、ファイナンスなど多くの機能部門を抱えていた。

このマトリクスが6~7階層まで浸透しており、数々の重複を招き、膨大な数の不要なノードを作り出していた。

しかし、事業に最も悪影響を及ぼし、変革への切迫感につながったのは、"複雑性"が原因で本来持つべきお客様視点が欠如したことだった。顧客と市場への徹底フォーカスが、長きに渡って受け継がれてきた創業者の遺産(レガシー)であり、業界トップに君臨し続けた理由であった。しかしながら、近年、フォーカスは社内に向いていた。機能部門はリスク回避に向けて管理を徹底し、マネージャーは成長を牽引する良い商品やサービス提供より、むしろ社内の評価基準を達成することに躍起になっていた。サービスは停滞し、市場の変化についていけなくなった。保険証券の発行に他社の3倍もの時間がかかったり、競合が顧客企業への一括請求を含めた統合サービスを提供している一方で、この会社には顧客企業の複数の部署から個別に大量の請求書が届いていたりした。

競合は統合型サービスの優位性を追求していった。重要国と位置づける市場で、ライバル企業がオンラインの保険販売チャネルを立ち上げた際、現地幹部は事態の深刻さを認識していた。だが、承認と決裁に関する意思決定が幾度も必要であり、対応が後手に回ってしまった。

コスト削減に向けた取組みでなかなか成果が上がらず、株主が短期の業績に口をだすにつれて、同じような事象が社内で散見された。案件の大小を問わず、あまりにも多くのノードで承認・決裁が必要なため、何百もの案件が埋没していた。

経営陣はこの問題を打破するには組織の簡素化をやるしかないと認識したのであった。

"お客様フォーカス"の再徹底、意思決定スピードの向上、成長の加速に向けた従業員のやる気の醸成、そして人件費の10%削減という取り組みを指揮するチームを2015年に発足した。チームは顧客の声や競合他社のベンチマークなども取り入れた現状診断から着手した。次いで数々のワークショップを実施し、自社がこれからどうあるべきかを問い、「将来の姿」を描き出した。これを起点に、チームはこの将来像を現実のものとするべく、組織構造と指揮命令系統の再設計を行い、具現化に向けて最も重要なことと、そうでないことの優先順位を明確にした。

"お客様フォーカス"を取り戻すため、チームは重要な意思決定をより顧客に近い場所(つまり各拠点)で行えるようにし、商品軸の組織に意思決定権限を集約し、地域(リージョン)軸の組織基盤を撤廃した。これにより意思決定責任の所在が明確になり、商品軸の組織が顧客へのより良いサービス提供の責任も直接負うこととした。地域・商品・機能の3軸のマトリクス組織が2軸へと簡素化されたのである。実質的な効果として、顧客接点である現場と経営陣が直接つながるようになった。組織改革により、上席役員から下の階層のノードがなくなり、大半の従業員にとって、上司は明確に一人だけとなった。これにより、マトリクス組織のレポートラインの数が劇的に減少した。

2016年から実施されたこの変革では、新しい仕事のやり方に適合するコミットメントを構築すべく、大掛かりなチェンジマネジメントのプログラムが組み込まれた。失われた対応力とスピードを取り戻すために従業員は新たな役割と責任を担い、新たな仕事のやり方に順応する必要に迫られた。会社は意思決定を行う役割を定め、何百もの意思決定について責任の所在を明確にした。再編された組織で求められる仕事の進め方を浸透させ、会社の成長と顧客により良いサービス提供をもたらす必須要件に絞り込んだ新たな評価指標も導入した。

また、コスト増に歯止めをかけるといった最重要課題に集中するため、ガバナンスモデルも見直し、スピーディーな実行のハードルとなるようなチェックプロセスを排除した。

最も重要なことは、現場から経営幹部に至るまで全社員が新しい仕事のやり方をきちんと受け入れなければならなかったことだ。かつては官僚主義的な組織の仕組みが蔓延し、リスク回避に重きをおいていた会社が、協働を促し、起業家精神の奮起を志向した。もはや、この会社はテンプレートの量産、多数設定される定例会議、曖昧な意思決定責任、実行に歯止めをかけるような追加検証の指示・・・といった「やる気を奪うモンスター」を容認しなくなった。

そして、組織の簡素化に取り組んだ1年目で何億ドルものコストが削減され、より迅速にアクションがとれるようになったのである。

例をあげよう。かつての組織では商品に関する意思決定の際、拠点マネージャーや地域責任者、その他様々なレベルの商品関係者が意見を述べていた。意思決定権限が曖昧で、数多くの課題が上席役員レベルまで上がり、これが迅速な意思決定や機敏な動きを妨げていた。

新しいモデルでは、現場ニーズとグローバル共通の意思決定ガイドラインのバランスをとり、顧客ニーズに対する会社としての打ち手が劇的に迅速化したのだ。

多くの企業が創業時に掲げていた意欲と目的意識を取り戻せば、会社を変革する力になる。企業がその使命を達成するための"輝き"を取り戻すことができるのだ。だが、その輝きを維持するためには、定期的な見直しが必要である。例えば、不要なノードを削減した暁にはノードが増殖して複雑性が再び組織を蝕むことがないように管理システムを導入するのも有効だ。経営陣は、創業メンタリティを具現化すべく努力を重ね、持続的な業績向上に繋げていく必要がある。明確なゴールを設定し、従業員のやる気を奮い立たせ、組織を簡素化することによって働きやすい組織であり続けることにコミットし、1つ1つの成功を褒め称えることが大事である。



日本企業への示唆-ノードの断捨離を

グローバルに展開する多くの日本企業でも、商品軸・地域軸に多くのノードが存在し、ノードにおける合意形成が不可欠であろう。関係者が多く、意思決定権が曖昧で、「根回し」を重視する日本企業において、このノードがもたらす複雑性とマイナスインパクトは極めて甚大だ。日本企業において、ノードでの「すり合わせ」を軽視すれば、"あそこの事業は現場との目線合わせが不十分だ"、"あの地域だけ勝手にやっている"、といった異物扱いをされてしまう。しかし、一度、組織にノードが出来るとそこでの合意形成が組織の常態となり、業務が複雑化し、増殖する。ノードでの合意形成のための資料作成や定例ミーティングが発生したりする。ノードでの合意形成円滑化のために"リエゾン人材"が日本人出向者として送り込まれ、ノードにおける調整業務にほぼ100%の時間を使っていたりする。合意形成が遅れれば、当然ながら、他社と比べて商品・サービスの展開スピードが遅れる。"モノ言う役員"が存在したり、"元上司"がノードに存在していると、益々スピードを失う。日本企業による海外企業の買収後にも頻繁に同じような状況がみられる。単一組織の商品軸・地域軸といった次元とは異なる複雑なノードが一気に増殖するのである。読者の組織でも思い当たるのではないだろうか。

新たな事業や商品・サービスの導入、地域の拡大時には戦略的な意味合いだけで意思決定され、組織複雑化を意識せずに突き進んでしまうことが多い。海外企業のM&A時も同様である。関係者全員で合意形成をきちんと丁寧に業務を進めようと思えば思うほど、ノードによる複雑性は増す。このノードが常態化する前に、手を打たなければならない。戦略と表裏一体でオペレーティングモデルを再定義し、複雑性の増殖を阻止させることをリーダーが率先してガイドしなければならない。"鉄は熱いうちに打て"、すぐにである。

創業メンタリティを蝕む「大企業病」「官僚体質化」が日本企業においてはグローバル企業に比べても極めて大きな課題であることは上記からも明らかだ。「ノードを増やさない」という予防・規律と共に、既存の「ノードの断捨離」による組織や意思決定プロセスの再デザインが読者の組織においても必要でないか、是非一考頂ければ幸いである。

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